毎年桜を見歩いている都の人が、今年は嵐山の桜の種のもとである吉野の桜を見ようという事で、仲間を伴い吉野へ出かけます。吉野に着き、桜が満開の山に分け入っていくと気品のある女性に呼び止められます。不審に思い女性に尋ねると、自分はこの山に住み花を友として暮らしていると答えます。この女性と時のたつのも忘れて花見をしていると、やがて女性は、実は自分が天人であることを明かし、ここで待っているならば、天人の舞を見せましょうと約束し姿を消します。
(中入)
皆で待っていると、空に音楽が聞こえ、かぐわしい香りとともに花が降ってきます。そして天人が降り立ち、天人の舞を見せると、雲に乗って何処へかと消えていきます。
素材
・五節舞
・僧正遍昭
天つかぜ 雲の通ひ路吹きとぢよ をとめの姿しばしとどめむ
制作ノート
『吉野天人』は、謡曲を習ったことがある人ならば、ほぼ必ず稽古した曲であろう。満開の桜の吉野山を舞台にし、脚本もシンプルで可愛い小品である。やや専門的な点としては、幽玄の現出を目指す本格的な三番目物の場合「序之舞」が基本であるが、本曲は「太鼓入り中之舞」を舞うことになり、そこら辺から見ても、ライトに楽しむ一曲といえよう。とはいえ、山中でいきなりビシッと決めた女性に会い、その女性が「ここら辺に住んでます」といったら、正直ちょっと怖いんじゃないのとか思ってしまうのは現代だからだろうか...
このショートストーリーの制作にあたっては、意図的に「据わりの悪い話」を目指してみた。桜を見に行って天人に出会うというのは、考え様によってはサスペンスやホラーの側面があり、周辺情報を遮断することで、雰囲気も変わるのではないかと期待した次第である。
参考文献
・観世流百番集
・『能楽手帖
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