ショートストーリー 『高砂』

~謡曲「高砂」より~


妻の認知症が大きく進んだのは、
昨年の冬、買い物の途中で転倒し足を骨折してからであった。

耳が遠くなってしまっていたことも影響し、
最近では会話も成り立ちにくく、
窓の外を眺めてぼーっとしている妻に寄り添い、
私も静かに読書をするのが日課となっている。

私は、幸か不幸か大病を患うことも無かったため、
いたって元気である。
妻の身の回りのことは私一人で行えるため、子供たちに迷惑もかけず、
細々とではあるが平穏な毎日をすごすことができている。

先日、相変わらず窓の外を眺めていた妻が、唐突に和歌をそらんじた。
「われ見ても 久しくなりぬ住吉の 岸の姫松いく代経ぬらん」

古今集の一首である。
それを聞いたとき、思いは学生時代にとんだ。

熊本県の生まれである私は、大学に通うため東京で一人暮らしを始めた。
身近に同じ地方出身者もおらず、高校が男子校だった所為もあり、
隣の席に女性がいるだけでも大変に緊張したことを覚えている。

ちょっとした興味本位で和歌に関する一般教養の授業を取ったのだが、
古典がそんなに得意でない上に、たまたま女性ばかりの授業となったため、
しばらくは緊張し、複雑な気持ちで通っていたのだが、
この授業で知り合ったの女性が今の妻であったりするため、
世の中とはわからないものだと思う。

その後、紆余曲折というほどのドラマも経験することなく、
順当に付き合いを重ねて無事結婚し、
気がつけば50年もの間を一緒に歩むこととなった。

そして、今。
歩行が困難になった妻を車椅子に乗せ、
大阪にある住吉大社に来ている。

妻と参拝するのは、実に40年ぶりだろうか。

此処に来れば妻の記憶が刺激されるのではないかと思ったことも確かだが、
正直、あまり深い意図は無い。

ただ、エゴかもしれないが、妻の意識が溶けてしまう前に、
拾い集めたり、何かを手に入れたいとも思っている。

車椅子を押しながら境内を巡っていると、
若いカップルから写真撮影のお願いをされた。

二人で初めての旅行とのこと。実に初々しい二人に向けてシャッターを切ると、
妻との参拝の折、自分達も老夫婦に写真撮影をお願いしたことを思い出した。

「そうだ。相生の松って知ってる?」
その時、妻は私にそう聞いた。
首を振る私を見て、笑いながらその老夫婦が言った。
「知らなくても、いずれ成るものだよ」

車椅子の妻を見下ろすと、彼女はカップルを眺めて微笑んでいた。

ふと、本殿の方より風が一陣。
空を見上げれば青空。そして梅の香。

もう春である。


(了)

※この物語はフィクションです。

参考
 裏話:ショートストーリー『高砂』

0 コメント:

コメントを投稿